カテゴリ:◇私と韓国( 5 )

秋なのでちょっと物思いに

もう連絡先もわからないのだけど、
もう一度会うことができたらいいのになと思う人。

インターネットもSNSもなかった時代の、懐かしい手紙。
ただのお友達だけど、
とてもお世話になった人でした。
e0126009_20334178.jpg
ちょうど夏の終わりくらいに知り合ったので、
ふと思い出してしまいました。

今、読み返してみると、
オッパは明日軍隊に行くのでとても緊張していますって
書いてあって、
すごいときに手紙を書いてくれたのねって思います。
1994年のことです。
応答せよ1994みたい。

いつかまた会えるといいんだけどな。

そんなお世話になったオッパに、
当時流行っていたドラマの最終回の内容を教えてくれっていう
どうしようもない手紙を書いた私も私だと思うけど、
明日軍隊に行くっていうのに
最終回の内容を書いてくれたオッパは、とてもいい人(笑)

その後、1年後くらいに入隊期間中の休暇時に一度だけ会って以来、
会っていません。
韓国語で手紙を書いて出す、
という行為はそう簡単なことではなかった…。

「お互いに、僕は日本語を、あなたは韓国語を勉強して
意思疎通ができるようになりましょう」

私の原点。
秋の気配に、昔のことを思い出した1日でした。


by kotono-har | 2014-09-04 20:49 | ◇私と韓国 | Comments(2)

韓国との出会い④

そういえば私と韓国の、つづき。


遠ざかっていた韓国好きが再び韓国への思いが再燃したのは、
ワールドカップもとっくに終わって、
冬のソナタが何回目かの再放送をしていたとき。
実家の親が録画していた冬ソナをたまたま借りて見たことから始まります。
「な、なにこのドラマ、、止められない、、、」そして号泣(笑)

若いときの記憶のおかげでところどころは聞き取れて、
でも大部分が聞き取れない冬ソナの台詞。
「ああ、私、韓国語勉強していたのに!」
と悔しくなって、
週に一度の語学スクールに通い始めるようになったのがアラサーの頃でした。

e0126009_165851.jpg


その語学スクールはとても楽しくて、
今でもそのメンバーとは家族ぐるみのおつきあいがあるほど、
定期的に会ったり一緒にソウルに行ったりしています。

通い始めた当時は韓国エンタメにはまったく疎遠で(実際冬ソナしか知らなかった)
仲間たちが盛り上がっているドラマや音楽の話にもついていけてなかった私。
私が興味を持ってみたりするようになると、
すでに再々再放送くらいの時期だったりして、
ハマるの遅いよ〜(笑)て言われてるくらいでした。

そんな韓国語仲間につれていかれたa-nationで東方神起にハマったところから、
私の第2の韓流時代が始まるのです。

トンではユチョペン。あの声と喉仏が好きでした。
これは今のウヨンにも通じるのかしら(笑)
「歌うまくてかっこいいのに、みんなすごくいい子たち〜」
そう思ってアルバムを買い始めて、
ファンミがあるらしいからファンクラブに入ってみようと、
生まれて初めてのファンクラブに入った矢先のその後の騒動…。

その後、ドリームハイでテギョンにはまったところから、
今2PMに夢中な私がいるのです。

こうやって書くと韓流好きにも歴史ありですね〜。←たいした歴史じゃないが。

そしてつまるところ、なぜ私はこんなに韓国に興味を持ってしまうのか。
自問自答してみるのですが答えはわかりません(笑)
似ているようで異なって異なるようで似ているからなのかもしれないし、
初めて見たものを親だと思うヒヨコのように、
初めて触れた異文化だったから強烈に惹かれるのかもしれません。

e0126009_16584825.jpg


ただの韓国好きで2PM好きのアラフォーだけど、
私にもこんな歴史がありましたよ、という話でした。

以上、私と韓国との出会いについてでした。
by kotono-har | 2013-07-04 16:30 | ◇私と韓国 | Comments(2)

韓国との出会い③

そういえば、、、
私と韓国の出会いのつづき。

1995年の夏休みにも韓国に短期で行きました。
かっこつけたかったのか白黒のフィルムを使っていますが、
バリバリ当時はカラーの時代です。

これはアックジョンのギャラリアの前の大通り。
今とあまり変わらないですね。
当時からオシャレな人やセレブの街と言われていて、週末は若者で溢れていました。
e0126009_159672.jpg


当時の韓国は日本文化の流入を規制していた時代で、
日本の本や映画、音楽は流通していませんでした。
でも実際は日本の文化を知っていたり憧れている学生は多かった。
何かの番組でJYPのパクジニョンさんも当時の音楽について触れていたことがありました。

これは当時のあちらの学生とノレバン(カラオケ)に行ったときの写真。
e0126009_1592651.jpg

モニターの小ささに時代を感じます^^;

韓国で日本の文化が規制されていたその当時は
日本でも韓国の歌を聴くのはなかなか難しく、
CD屋に行ってもKPOPなんてコーナーはなくて、
ワールドミュージックの片隅の韓国コーナーで、
ほぼ演歌しかない中で今時っぽいものを探したりしてました。

当時聴いていたのはソテジ、キムゴンモ、キムウォンジュン、ユジェハ。
e0126009_15231164.jpg


こんなの見つけました。
ユジェハのこの名曲を、キムゴンモが歌っています↓


一人で日韓の交流会に出かけてみたり、
新大久保で韓国人(女性ですが)をナンパ?して話しかけたり、
当時知り合った素敵な人に、
がんばって韓国語で手紙を書いたりしてました。←返事は一度も来なかったYO…TT

でも大学を卒業して社会人になり、
仕事やリアル恋愛が忙しくなると、
韓国に対する興味も次第に薄れていってしまったんですよね〜。

そして2002年のワールドカップを機に日韓の距離もぐっと近づくわけですが、
その間、結婚したりいろいろあって、
あんなに好きだったのに好きだったことすら忘れてしまうほど、
まったく韓国のことを忘れて
毎日を生きるのに精一杯の日々が続くのよ〜^^

つづく(まだつづくのか!)
by kotono-har | 2013-06-07 21:11 | ◇私と韓国 | Comments(0)

韓国との出会い②

今日、江川紹子さんのこの記事を読んで、
右とか左とか韓流とか嫌韓流とか関係なく、
日本が誇るべきこと、発信すべきことはなんなんだろうと考える日曜日の夕方。
この本読んでみようと思います。

さて、
誰に聞かれたわけでもない「私と韓国との出会い」のつづき。


そんなわけで大学の語学の授業を通して韓国に興味を持つようになった私。
これはその当時から使っている辞書。小学館の朝鮮語辞典
20年っていってもさすがにこれはボロボロ過ぎ(笑)
それだけ使い込んでいて愛着がある辞書なの。
電子辞書もあるけど、やっぱりこれが一番使いやすい。

e0126009_1421452.jpg


大学2年生の夏休みに、
授業の一環として初めて3週間ちょっとの短期語学留学でソウルに行きました。
初海外だったから何もかもが全部目新しくて、
毎日午前中は学校に通い、
午後は向こうの学生にソウルを案内してもらったり、一緒にお酒を飲んだり。
本当に当時のオンニやオッパたちは私たち学生に親切にしてくれて、
韓国人の”情”を肌で感じた経験でした。

これは当時撮影した景福宮の写真です↓
e0126009_14341135.jpg


今の姿しか知らない人は驚くかもしれないです。
景福宮の門を入ったらすぐの場所に、
日本が統治していたときの朝鮮総督府が建てられていました。
これって本当に屈辱的なことだと思います。
皇居の中にアメリカ軍がごっつい建物を建てるみたいな感じだったのかなと。
ここで日本人の私が写真を撮っていいのかなって思いながら撮影しました。

でも一方で、
私の足りない言葉だと誤解されるかもしれないけど、
例えば当時、民俗村の博物館に行ったときに、
日本がしてきたことが人形などで展示されていて、
それを見たときはとても嫌な気持ちがしました。
こんなひどいことを本当にしたのだろうか。
いくら日本のことが嫌いでもこんな風に展示されていたり教育されていたら、
日本を好きになるわけがない。
私のような一個人には学生もおじさんもおばさんもとても優しくしてくれるのに。
なんでなんだろう。そう思いました。

今は門も再建されて朝鮮時代の趣がある景福宮。写真はこちらからお借りしました。
e0126009_14415672.jpg


3週間の短期留学は本当にあっという間でした。
修了試験を受けて授業が終わった後、
友だちやお世話をしてくれた韓国のオッパと、
セマウル号に乗って大邱や慶州を案内してもらったり、釜山に行ったり。
釜山ではユジェハを勧めてくれた人に出会ったりしたんです。

ああ、懐かしいな〜。

つづく
by kotono-har | 2013-05-26 19:32 | ◇私と韓国 | Comments(0)

韓国との出会い①

誰にも聞かれてないのだけど、
私の韓国ラブ暦もだいぶ長くなってきたので、
常々、私と韓国との繋がりをどこかに書いておきたいと思っていました。

いつか私に何かあっても、
このブログは残るかもしれないから、なんてねw

これは初めて韓国に行ったときに撮った金浦空港の写真です。
日付で時代、そして年齢もばれる〜。

e0126009_1347828.jpg


韓国に興味を持つようになったのは、今から20年前。
大学の語学の授業でした。
93年に大学1年生だった私が語学の授業で履修したのが韓国語でした。

なぜ韓国語にしたかっていうと、高校のときに国語の先生が
「韓国語と日本語はとても語順が似ているのに文化的にはとても違うのが面白い」
と言っていたことが頭の片隅にあったからです。
先生の言葉ってあまり聞いていないようで、
ふとしたときに頭の中に蘇ってくるいるものですよね。

それで韓国語を選択したのが私と韓国との初めての出会い。

当時は韓国語を勉強している若い日本人は、
在日の方を除いては、まだそんなに多くはなかった時代だと思います。
日本と韓国は今でもある面では近くて遠い国ですが、
その当時はとても遠い国でした。
それよりもっと前の時代はもっともっと遠い国だったと思います。

学び始めてそしてその面白さにどんどん惹かれていきました。
韓国語を学び始めた人が誰もが感じる面白さ。
日本語と発音が似ているという驚き。
呪文にしか見えなかったハングル文字が、
読めるようになると意味わからなくても読めてしまう楽しさ。

そして顔も言葉も似ているのに何かが違う、
まだ見たこともない触れたことのない韓国の文化に対する、とても強烈な好奇心。

韓国語の授業がとても楽しかったのです。
ま、韓国語の先生にちょっと憧れてたってのもあったけどw ←そこ重要。


つづく
by kotono-har | 2013-05-21 20:54 | ◇私と韓国 | Comments(0)

転がり続け幾つになっても成長していきたい。と思っている私のぐうたら日記。最近は2PMネタ多し。ウヨン溺愛中。ミチル子とか呼ばれています。


by kotono-har
プロフィールを見る
画像一覧